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日記、サイト運営に関する諸々及びPBWゲームへの呟きをつれづれなるままに。
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 Mano(手)

 むせ返るような血臭と硝煙が辺りを満たしている。
「くそ……」
 カーネはSMGから空になった弾倉を引き抜き、乱暴に投げ捨てると、マガジンラックにスペアを突っ込んだ。
「何で、こんな」
 大規模な抗争だった。
 カーネの所属するファミリーに、同規模のファミリーが真正面からぶつかってきたのだ。
 彼らには前々からきなくささを感じていたが、まさかこんなに早く、直接的な行動に出るとは思わなかった。周到にして密やかな準備の、予想外の早さに、カーネたちは苦戦を余儀なくされ、すでに大量の犠牲を出している。
 ただ、幸いにもと言うべきなのか、個々の戦闘力で言えばカーネたちの方が勝っており、そのためじわじわと巻き返して来ているところだった。
 



 また銃声がして、先ほどまで並んで戦っていた古参のマフィオーソが頭蓋を吹っ飛ばされて地面に転がる。
「!」
 彼の名を叫んで、傍に走り寄りたいのをぐっと堪え、カーネは使い込まれたSMGを構え直した。
 音の反響や弾道を計算して敵のいる方向を割り出し、建物の陰に隠れて速やかに移動すると、計算通りの場所に敵対ファミリーの構成員たちが陣取っているのを確認するや否や、無言でSMGの引鉄を引く。
 耳をつんざく大音響に、断末魔の絶叫が重なった。
 穴だらけになって事切れている敵マフィオーソたちを見下ろし、ぎゅっと唇を噛み締めた後、
「……アニキ、どうしてるのかな」
 頬に跳ねた返り血を拭いながら呟く。
 その場に留まっても危険なだけなので、すぐに次の標的を求めて走り出しはしたが、少年めいた光を宿す双眸には、不安げな……親とはぐれた童子のような色彩が揺れていた。
 瓦礫と化したビル群を走り抜け、生き残った仲間を探しながら敵を斃していく。仲間と敵の死体が折り重なって倒れているのを見ると、やるせなさばかりが募る。
 その頃にはカーネも肩と腿に銃弾を喰らっていて、やるせなさ心許なさが募るたび、痛みが増すような――身体から血液と一緒に力が抜けて行くような気がしていた。
 どちらの数がどれだけ減ったのかも判らないものの、奥へ進むにつれて生きているマフィオーソには出会わなくなってゆく。しかし、血塗れで転がる敵の死体が、銃ではなく刃物で殺されていると判ってから、カーネの気持ちはほんの少しだけ浮上した。
 カーネのファミリーで、好んで刃物を使う殺し屋などひとりしか思い当たらない。
「だったら……きっと大丈夫だ」
 丈高い青年の金髪と、冷ややかな眼差しを思い起こしながら、SMGのグリップを握る手に力をこめる。
 弾倉はもう残り少なかったが、戦いの終焉が近いことは誰の目にも明らかだ。
 恐らく、カーネたちの勝利に間違いはないだろう。
 ――ただ、喪われたものがあまりにも多いというだけのことで。
 と、瓦礫の向こう側で銃声と絶叫が響き、カーネは息を呑んだ。
 声に聞き覚えがあったからだ。
 弾けそうに脈打つ心臓を宥めつつそこへ飛び込むと、カーネと同じ時期にファミリーに入った若いマフィオーソが、まさしく比喩ではない血の海に沈むところだったからだ。
 彼の身体を穴だらけにしたのは、にやにや笑いながら目の前に佇む男――確か、敵対ファミリーのNo.2か何かだったと思う――。
「弱いくせに俺の前に立つからだ、屑が」
 事切れた青年の頭を革靴で踏み躙り、男が嘲笑う。
 カーネはぎりぎりと奥歯を噛み締めた。
 SMGを構え、
「Basta! Smettila!(もうたくさんだ、やめろ!)」
 叫びながら引鉄を引く。
 男は素晴らしい身のこなしで最初の斉射を避けたが、
「何だ、お前も死にた、」
 嘲るように言いかけた彼の肩に、胸に、腿や膝に、どこからか飛来したいくつものナイフが次々と――深々と突き刺さったので、表情を引き攣らせてその場に転倒した。
「がっ……あ……!」
 カーネは倒れた彼の傍らに立ち、
「これで終わりにしよう」
 男がもがく様には頓着せず、静かに言って引鉄を引いた。
 轟音と悲鳴、呻き声、そして静寂。
 気づけば、銃声はどこからも聞こえなくなっていた。
「終わった、かな」
 銃弾を飲み込んだ肩と腿がじくじくと痛む。
 この一年で痛みには慣れたと思っていたが、心の痛みにまで耐性は出来ないようだった。
「……」
 ボスや生存者と合流して『後片付け』をしなくてはならない、やるべきことなど判りきっているのに脚が、身体が動かない。
 戦うことがカーネたちの仕事だ。
 きっと、その仕事の中には死ぬことも含まれている。
 だからこれは必然なのだと、哀しみ憤るべきことでもないのだと思い込もうとしたが果たせず――ファミリーは、家族や故郷を失った彼にとって第二の帰る場所だから――、カーネは沈黙するばかりだった。
 そんな時、まるで救いのようにかけられた、
「どうシた、この程度デ疲れたナドとは言わないダロウな?」
 あまりにもいつもと同じ、何ひとつ変わらない声に、泣きそうになる。
「お前ハ俺が鍛えたンだ、この程度デ揺らギハしないダロウ?」
「……Eh Gia’(まあね)」
 応えて振り向くと、そこには当然のように、金の髪を無造作に結わえた背の高い青年の姿がある。
 鋭い目つきと独特の衣装、鍛え上げられた身体と隙のない立ち居振る舞い。
 カーネがこのファミリー内で最も慕う凄腕の殺し屋、マグナだった。
「アニキは……何か、いつも通りだな」
 無造作に提げた曲刀には赤黒い液体や肉片がこびり付いているのに、マグナ自身は返り血すら浴びてはいない。
 鋭利な、触れれば切れてしまいそうな気配を放つ、どちらかというと近寄り難い雰囲気の青年だが、カーネにとっては一番頼りになる、一番信頼している男だ。カーネに、マグナを目にして怖じる理由など見当たらない。
「でもよかった、アニキが無事で。……って俺が言うのもおこがましいって話だけど」
 内心の痛みを隠すように、おどけたような仕草で肩を竦めると、マグナは無言のままでカーネを見つめ、おもむろに手を伸ばした。
「よク頑張っタな」
 そんな労いの言葉とともに、大きな、武骨で力強い手が、カーネの頭を無造作に撫でる。
「お前ノ働き、見事だッタゾ。コレならバ、何とかファミリーも持ち堪えルダロう」
「……ッ!」
 普段とは違う、どこか穏やかな声が労わるようにかかり、暖かな手の感触に涙が堰を切りそうになって――その場で飛びついて泣き喚きたくなって、カーネはぐっと唇を引き結んだ。
 喪ったことが哀しくて、自分の無力が苦しくて、こうして労わってくれるマグナがあまりにも大きく見えて、たまらない気持ちになる。
「でも俺、何も出来なかったよ……」
 俯き、足元の血溜まりを見据えながら言う。
 死んでしまった人たちに対して、生者は何もしてやることが出来ない。
 マフィアの抗争に巻き込まれて死んだ祖母しかり、なすすべもなく殺されていった仲間たちしかり。それは自然の摂理で、命の約束ごとだ。この世界に生きる限り、誰ひとりとしてそれを覆すことは出来ない。
 けれど、それを絶え難く無念だと思うから、きっと人間は苦しむのだろう。
「己ヲ無力と思ウならモット強くなレ」
 静かな声とともに、長くて武骨な指先が、カーネの灰色の前髪をかき上げ、
「……お前ナラ、望むヨウに強くなれるダロウ」
 祝福めいたキスが額に落とされる。
 カーネは息を詰めてそれを甘受した。
 泣いてはいけないと思うから、しゃんと立たなくてはと思うから、込み上げてくる熱いものをぐっと堪えて、小さく頷く。
「……うん」
「それデいい」
 それから、幼子を労わるような抱擁と、背中を叩く手と。
 冷酷非道で知られる殺し屋の、温度ある言葉が染み渡り、ふっと心が軽くなった。
「ありがとう、アニキ」
「俺は別ニ何もシテいない」
「うん……そう言うと思ったけど、ありがとう」
 ようやく唇に笑みが浮かぶ。
「じゃあ……とりあえず、被害の確認と生存者の手当て、かな」
「アア。お前モ早く弾ヲ抜いてモラえ」
「あ、忘れてた。うっ、思い出したら急に痛くなってきた、かも……!」
 カーネが呻くと、マグナはやれやれとばかりに息を吐き、それから少し笑ってカーネの髪をわしゃわしゃとかき回した。
 カーネはくすぐったげに、嬉しげに笑い、
「……行くゾ」
 素っ気ない、しかし様々な意味と感情を含んだそれに大きく頷く。
「うん」
 そして、大股に歩き出したマグナに遅れぬよう、急ぎ足で彼の隣に並んだのだった。

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